KOHARU日和

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【アンネの日記】あらすじと名言・最後の一文は?~15歳の少女が綴った世界記憶遺産

6月12日は世界的ベストセラー「アンネの日記」が書き始められた日。

今日は「日記の日」です。

[目次]

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写真:Universal Images Group/アフロ

「アンネの日記」あらすじと歴史背景

オランダに住んでいた13歳のアンネ・フランク。両親からもらった誕生日プレゼントは日記帳でした。

 

文章を書くことが大好きだったアンネはプレゼントをとても気に入り、日記帳に「キティ」と名付けて日々の出来事を書き始めます。

 

時代は第二次世界大戦の真っ最中。ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)は「優生学」からユダヤ人を迫害、国外へ追放し始めます。いわゆるユダヤ人狩りでした。約600万人のユダヤ人がナチスに命を奪われたと記録されています。

 

ユダヤ人一家のアンネが日記を書き始めたのは正にこの時。オランダ、アムステルダムもドイツによる占領下にあったのです。隠れ家に身を潜めて生活していた8人のユダヤ人達の様子がリアルにわかります。

 

アンネの日記に書かれた名言・5選

迫害を受けながらも必死に生きた15才の少女が綴った日記には、心に響く言葉がたくさん。私が好きな言葉を選んでみました。

あなたのまわりにいまだ残されているすべての美しいもののことを考え、楽しい気持ちでいましょう。

 

薬を10錠飲むよりも、心から笑った方がずっと効果があるはず

 

太陽の光と雲ひとつない青空があって、それを眺めていられるかぎり、どうして悲しくなれるというの?

 

幸せな人は誰でも、他の人をも幸せにするでしょう

 

私が私として生きることを、許してほしい。

 

     ~アンネ・フランク~

 

コロナで世界中が自粛生活を余儀なくされた時、刺さる言葉ばかりです。

 

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強制収容所のバラック

 アンネの日記に書かれた最後の言葉

「アンネの日記 」は1942年6月12日から1944年8月1日まで記録されています。

 誰かの密告により、アンネ一家はナチス・ドイツのゲシュタポ(秘密国家警察)に捕らえられ、強制収容所に送られてしまいます。アンネは強制収容所でチフスに罹り、この世を去ります。

 

1944年8月、連行される直前に書いた文章が最後の言葉になりました。

なおも模索しつづけるのです、わたしがこれほどまでにかくありたいと願っている、そういう人間にはどうしたらなれるのかを。きっとそうなれるはずなんです。

(1944年8月1日 最後の日記)

 「アンネの日記」映画・本

アンネの日記は、唯一生き残った父オットー・フランクによって出版されました。人の善意は永遠に失われないことを最後まで信じていた一人の少女の日記は、世界的なベストセラーになります。

 

 

1959年にはアメリカで映画化されています。アカデミー賞で作品賞を含む8部門でノミネート。3部門(助演女優賞、撮影賞、美術監督・装置賞)を受賞しました。

 

 

2009年にはイタリアで壮絶な最終章を映画化しました。

www.video.unext.jp

私は、死んだ後でも、生き続けたい。

そう日記に記したアンネ・フランクは今でも私たちの中で生き続けています。

 

節酒日記(19日目・禁酒8日)

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昨日はお酒を飲みませんでした。

 

お酒に犯された脳は不思議です。

朝は「今日は絶対に飲まないぞ!」と心に誓っても、お昼を過ぎ仕事が終わりに近づくと朝の決心はどこへやら。「早く飲みたい、飲みたい」に変わっています。

これが洗脳という奴ですね。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。